ペテロ・バーケルマンス神父さまと行く黙想と巡礼の旅

イタリア巡礼とルルド・ヌヴェールへの旅紀行('09・9/21〜10/1)

モンテカシーノ/サンジョバンニ・ロトンド/ランチャーノ/ロレート/アッシジ/
ローマ/ルルド/パリ/ヌヴェール

畠中周治


9月21日(月)成田国際空港に集合したのは各地からの参加者9名とペテロ神父さま・同行スタッフの計11名でした。12:00発のエールフランス航空で出発し、シャルル・ド・ゴール空港で乗り継ぎ、ローマ フィウミチーノ空港に21:15無事到着しました。ホテルまでのバスのなかで、神父さまから巡礼にあたってのお祈りや聖歌の資料をいただき、また各自、巡礼にのぞむ心の準備を示唆していただきました。ホテル到着は21:45(現地時間)でした。

翌22日(火)、7:30ホテルからバスでモンテカシーノ修道院に向け出発しました。コムユニティワールドで用意していただいてた、巡礼地案内資料を見ながら神父さまの説明を受けました。この修道院は聖ベネディクトによって創設され貞潔・清貧・従順の三つの理想による聖ベネディクト会則を起草し、それが後世の修道院規律の礎となったとのこと。やがて道路から見上げるカシーノ山頂上に見え隠れする建物を目指してバスは登り、近づくにつれ急なつづらおりが続き、到着したのは9:30でした。すでに他の巡礼団のバスや車が来ておりましたが、山上の静寂と冷気に迎えられ、巡礼のはじまりに期待がたかまりました。入口を入ってすぐの中庭の美しさと回廊の厳粛な趣きに、やすらぎをおぼえ、そして聖堂前広場の階段を経て聖堂に入って薄明かりにひろがる荘厳な雰囲気に、一同歓声をあげました。中央祭壇でのお祈りの後、両翼廊祭壇・地下の祭壇、そして聖ベネディクトと聖スコラスティカが一緒に眠る墓に祈りを献げました。歴史上4度も破壊を受け、都度修復されてきた建物ですが内部の豪華な造りや装飾に見とれ時間の過ぎるのを忘れました。予定時間をオーバーしナポリへ向け出発しました。12:00過ぎナポリに着き、港に停泊中の大きな船が見えるレストランで昼食をとりました。そして車窓からナポリの町並みを眺めながらバスは次の巡礼地サンジョバンニ・ロトンドへと走りました。16:40ホテルに到着後すぐに、歩いて15分ほどの聖パドレ・ピオの眠る聖母教会へ行きました。教会前広場は巡礼団の人々で溢れ、奥の屋外会場は祭壇を囲み各地から集まった多くの巡礼者を迎え、聖パドレ・ピオ祝前日のミサがはじまるところでした。満席のため、立ち通しでミサに参加しご聖体をいただきました。その後、日暮れのなか聖ピオ像へローソクをみんなで献火しこれからの巡礼の安全を祈りました。広場周辺や道路に輝くルミナリエの内を通っていると、まったく別世界に来たような気持ちでホテルに帰りました。

23日(水)は終日聖パドレ・ピオを訪れる日です。9時に教会近くの「苦しみをいやす家」と名付けられた病院に集合し、病院内の聖堂で黙想したのち、施設を見学してまわりました。病院事務局からパドレ・ピオの業績によるこの病院について、説明をしていただきました。パドレ・ピオは、多くの人々が彼のもとに集まり、不思議なしるしを行い、苦しんでいる人たちを助け恵を与えました。病院の見学を終え聖パドレ・ピオの教会に行き、今日の祝日においてご遺体が公開されていましたので、教会地下室の墓所への巡礼者の列に並びました。昨年、埋葬後40年ぶりに掘り起こされた当時の記録映像スクリーンをみながら、30分ほど待ったのち地下室の、墓所から透明の棺に安置されている聖人に身近に接し、お祈りを献げることができました。そして病院にもどり聖堂でペテロ神父さま司式によるミサで聖パドレ・ピオの奇跡をたどり感謝を捧げ,私たちもいつも希望が与えられますよう、とりなしを願いご聖体をいただきました。近くのレストランで各自昼食後は自由時間ですので、一度ホテルへ帰りました。3時ごろ教会に来ますと前の広場で30人ほどの吹奏楽団による演奏があり30分間3曲、この巡礼地で今でこそ感じるやすらぎに満たされました。その後、教会の奥の大聖堂での祝日ミサにあずかりました。中央祭壇下両脇に衛兵らしき姿、指揮者による楽団と合唱隊の大音響,答唱詩編・アレルヤ唱の声量・大合唱に圧倒されました。ホテルには6:30に帰り19:00から夕食をいただきました。他の巡礼団で食堂は賑やかで、私たちも今日のフェスタにめぐり合えた恵を喜びながら楽しい食事でした。部屋にもどり明日の支度をして床に就いた10:40ごろ、打ち上げ花火の極近くからの大音響に窓を開け、夜空を彩る祝賀花火を10分ほど楽しみました。

24日(木)は7:00ホテルをランチャーノに向けバスで出発し9:20に聖フランチェスコ教会に着きました。12世紀以上前から伝えられている奇跡のご聖体の教会と云われています。ミサ聖祭のパンとぶどう酒が聖変化の祈りによって生きた御肉となり、生きた御血に変わった、その御肉は銀の御聖体顕示台に納められ、御血は水晶の聖油入れの中に保存されていました。そしてこの奇跡の遺物は中央祭壇の御聖櫃に安置されていました。御聖櫃前に佇んで静かにお祈りされている人々に加わり、イエスさまのご現存にお祈りしました。10:15ランチャーノを発ち次の巡礼地ロレートへ向い、12:50に到着しレストランでの昼食後、歩いて「聖なる家大聖堂」に行きました。城壁のようなところの階段をあがり狭い路地をぬけると、大聖堂前の噴水のある広場に出ました。聖堂へと続く回廊は要塞のようでした。みごとなバジリカ入口をはいって正面後方に彫刻壁の石組みの家があり、13世紀聖地ナザレから運ばれてきた内壁が、おとめマリアが住んでおられた「聖なる家」の壁と伝えられています。なかでは巡礼団が聖母マリアへの賛歌と連願が唱えられており、ひと時お祈りしました。16世紀末、日本から天正遣欧少年使節団がここを訪ねており、日本とのかかわりの多い巡礼地でした。15:00ロレートを出発し、バスでアッシジに向いました。まず、アッシジの麓の平野部にあるサンタマリア・デリ・アンジェリ教会に18:00すぎに着きました。フランチェスコが伝道を始めた場所として知られる聖堂を、保存するために建てられた大きな教会であり、その聖堂は教会内中央にありました。教会内左右に翼廊礼拝堂がいくつも並び、何処ともなく、サンタマリア賛歌が聞こえていました。教会内後方に中央祭壇がありミサが捧げられてました。私たちもミサにあずかりご聖体をいただきました。再びバスに乗りアッシジの丘に向いました。のぼるにつれ夕日に映える田園風景に歓声をあげながらホテルを目指しました。到着後バスからホテルへの間、夕暮れの中世の街並みの雰囲気に、明日の巡礼にさらに期待がたかまりました。そしてここでも夜10:30ごろ近くで花火が打上げられていました。

25日(金)も晴天で早朝、ホテル近くを散策し高台から平野部の遠くの山並みまで広がる景観を眺めさわやかな気分をいただきました。今日は終日アッシジを巡礼します。8時すぎにホテルを出て、まず聖フランチェスコ大聖堂へ行きました。下堂バジリカ前の長い回廊のある広場から見あげる大聖堂の姿にしばし感動しながら進み、聖修道院の入口で、ここに赴任されておられる谷村神父さまに迎えられました。ここから谷村神父様の案内で、まず修道院のゴシックアーチの柱廊に行き、眼下に広がるパノラマを眺め歓声が止みませんでした。小聖堂で谷村、ペテロ神父さま共同司式ミサにあずかり、さらに下堂の神秘的な祭壇、天井・翼廊のフレスコ画・ステンドグラス、地下礼拝堂、そして上堂の天井・壁のフレスコ画・ステンドグラス、回廊を詳しく説明していただきました。最後に上堂バジリカから外へ出た広場からの眺めもすばらしい展望で、しばらく見とれていました。谷村神父さまとお別れし、サンタ・キアーラ教会まで多くの人びとの行き交う、中世名残の街並みを楽しく眺めながら向いました。広場を経て通りに対面するようにバジリカが建てられていました。キアラの偉業を称え建てられた教会で、聖キアラの生涯を描いた板絵、十字架礼拝堂、地下聖キアラの墓所に佇み祈りを献げました。昼食は近くのレストランのテラスで街並みを眺めながらみんなで楽しく過ごしました。その後、13:30集合しサン・ダミアーノ教会へ行きました。サンタ・キアーラ教会から南の城壁の外側の中腹にあり、街はずれの静かなところにありました。キアラが修道女として42年間祈りと労働を日課として過ごした、当時の修道生活の場と礼拝堂を見ることが出来ました。その後増築されていますが、玄関の柱廊、中庭の回廊は素朴なままでした。しかし、聖母子のフレスコ画や聖人のフレスコ画など見所の多い聖所でした。来た道を戻り、途中から屋外エスカレータでのぼり元の街並みの店で、おみやげの買い物をしながらホテルへ帰りました。19:30からホテル近くのレストランで恵み豊かな1日を感謝しながら、みんなで楽しい夕食のひと時を過ごしました。

26日(土)はフランス、ルルドへ移動の日です。ホテルを7:00にバスで出発し、車窓から見える要塞のような修道院の長い回廊の風景に別れを惜しみました。10:30ローマ フィウミチーノ空港に到着しチェックイン後、12::30集合までの自由時間に各自昼食し、買物をしました。13:05エールフランス航空でローマを発ち、14:55フランス トゥールーズ ブラニャック空港に無事到着、チェックアウト後15:30バスでルルドへ向いました。近づくにつれ、ホテルやレストラン・みやげ物店が続く街並みに人通りが多くなり、バスが聖域近くを通り大聖堂が見えたとき、感激の声があがりしばらくして、17:50ホテルに到着しました。チェックインして各自トランクを部屋に置きすぐに玄関に集合し、まずは聖域に行き18:30でも明るい空に映える壮大な大聖堂の前の広場で、響きわたる鐘の音と、行き交う巡礼団のマリア賛歌を聞きながら、これからのルルド巡礼に恵まれたことを感謝し、夕食予約しているサクレ・クール教会近くの修道院へと歩きました。修道院の食堂は満席でしたが、美味しい料理とシスターの暖かいもてなしで楽しいひと時でした。ホテルに帰り身支度をして、21:00から聖域でのローソク行列に参加しました。歴史の古いまちらしく高台に城塞の灯が見え、聖域の暗闇に次々と集まる各国の籏を掲げる巡礼団の人々で広場は埋めつくされました。ロザリオ大聖堂の屋外正面祭壇からの先唱によるロザリオの祈りや聖歌が、各国語でスピーカから流れ、それに合わせ参加者が各国語で祈り、聖歌をうたい「アヴェ マリア」を繰り返して、都度ローソクを掲げながら広場を一巡しました。多くの人々と心を一つにしマリアさまを賛美し、それによって自らの祈りを深め人々の平安を願いました。

27日(日)は終日ルルド巡礼です。8:00から朝食で、8:45ホテルを出ました。すでに聖域周辺は多くの巡礼者が行き交い賑わっていましたが、さわやかな朝日のなかロザリオ大聖堂の広場でとどまり、聖域内の様子について神父さまとスタッフから教えていただき、また今日のスケジュールの確認や、全員の記念写真を撮りました。広場から西へ行くと泉から湧き出る地下水につながる水栓が並んであり、ここで聖水をいただきました。さらに西に行くとマリアさまがご出現されたグロットがありました。奥の方に向う人の行列に、私たちも並び進むにつれ、岩肌に近づき手を触れながら歩き最初に湧き出た泉のところを通り、ご出現のところでマリア様への祈りを献げました。そして、西隣の献火台で私たち巡礼団一同でローソクを献げました。広場にもどり、聖ピオ10世地下大聖堂に行きました。ミサ中で、外部と隔絶された大規模な地下聖堂に響く祈りと聖歌に感歎しました。情報センターでは日本語のベルナデッタ紹介ビデオの上映がありました。そして広場端のサン・ミッシェル門を出て坂道の途中にあるベルナデッタの生家を訪れ、また数分歩いてベルナデッタ一家が苦しい時期に、生家から移り住んだという牢獄跡の暗く狭い部屋を見まわり、しばし祈りました。その後、ベルナデッタが洗礼を受けた小教区教会のサクレ・クール教会へ行き、聖マリアと聖ベルナデッタに祈りを献げました。昨日夕食した修道院に11:30に着き聖堂でペテロ神父さま司式のミサにあずかり、聖マリアと聖ベルナデッタへの祈りと日々の平安を願いご聖体をいただきました。修道院食堂で昼食をすませ、聖域にもどりグロット西側の沐浴場に行き、男性・女性にわかれ並んでいる列につづき、順番を待ちました。午後は14:00から始まりますが、早くから並んでいる人々で待合所はあふれていました。1時間ほどして更衣室に入り、下着のみで待ち沐浴室に順次呼ばれ入ると二人の人にシーツで覆われるので裸になると、シーツで身に包んだまま水槽に入って立ちお祈りの後、壁から出ている聖水を手で受けて飲み、水槽に首まで浸かりすぐ立ち上がって水槽を出てシーツを外し、その場で肌着を着けました。一瞬のことでしたが一心に祈ることが出来たことに感動しながら、体も肌着も濡れた状態でしたが、すぐに乾き支障なく身支度が出来ました。その後、修道院聖堂でペテロ神父さまによる個別告解がありますので、そこまで戻り聖堂で黙想して始まるのを待ちました。みんなが告解を終え、19:00から昨夜と同じ食堂で夕食をいただきました。ホテルに帰り準備して、21:00からのローソク行列に今夜も出かけました。ロザリオ大聖堂のスロープを上がり上部聖堂前のフロアから「アヴェ マリア」を繰り返しローソクを掲げました。夜空に無数のローソクの灯が、祈りと聖歌のながれるなか、ゆっくりとすすむ上からの眺めに感動し、今ここに在る恵に感謝しました。

28日(月)朝早く起きて夜明け前のまだ暗いなかホテルを出て、聖域へ向かいロザリオ大聖堂内のミサ前の静寂のなか、しばらく黙想しました。そしてグロットで捧げられていたミサにあずかりご聖体をいただきました。さらに上部聖堂「無原罪の御宿り大聖堂」内でのミサも望みましたが、時間がなくなり惜しみながらホテルへ帰りました。8:00朝食後荷物を整え、9:30ホテルをタクシーで出発し、TGVルルド駅へ行きました。丁度、駅のプラットホームでは、何処かの巡礼団体への送迎を、楽団によって賑やかに行っているのを見ることができました。ルルド発11:16のTGVに乗りパリに向いました。17:20パリ、モンパルナス駅に到着し、バスに乗り継いでパリ市街を車窓から見物しながら50分程で今日の巡礼地、不思議のメダイ教会に18:15頃到着しました。パリ市街リゥ・ドゥ・バックの通りに面する門をくぐった通路にマリアとカタリナのお像の前で、ペテロ神父さまから説明がありました。1830年、ここの聖堂祭壇にマリアさまがご出現され、シスター カタリナがお会いしたこと、そしてメダイに書かれている「原罪なくして宿り給いし聖マリア御身により頼みたてまつる我等のために祈り給え」のとおりマリアさまが私たちをキリストへ導いてくださり、そのとりなしによって不思議な恵や奇跡が起こり、その感謝を表わす石板が通路壁面に多数掲示されてました。聖堂ではミサが捧げられてましたのでしばらくお祈りをし、そして祭壇左の透明の棺に納められ133年を経てなお、生前のシスターの御姿で安置されている奇跡の聖人カタリナにお祈りを献げました。メダイは教会の売店で購入できました。近くのレストランで夕食をともにし、歩いてすぐの百貨店で買物のあと、バスに乗りエッフェル搭を眺めながらシャンデリデ大通りを走り凱旋門際を通り21:00ホテルに到着しました。

29日(火)は終日ヌヴェール巡礼です。7時朝食で7:30ホテルをバスで出発しました。広大な農地の続く田園風景にフランスの農業の強さを実感しました。11:30頃ヌヴェール サン・ジルダール修道院に到着しました。河田シスターにご挨拶をしてから、小聖堂でペテロ神父さま司式のミサにあずかりました。聖ベルナデッタがはたされた使命を、今日の聖ミカエル聖ガブリエル聖ラファエル大天使の祝日にあわせて祈りを献げ、ご聖体をいただきました。修道院食堂で昼食後、神父さまが用意してくださったお抹茶を点ててくださりお茶菓子をいただきながら一服し、シスターと歓談してしばらくくつろぎました。そして修道院聖堂に行き、中央祭壇右のベルナデッタのご遺体が安置されている礼拝堂に入りました。それほど広くないところで大勢の人々がお祈りを続けていました。ようやく透明の棺に近づくことができお祈りを献げました。130年の歳月を経て、なおこうして御姿に接することに奇跡を感じました。その後、最近新しいテーマで作りかえられた巡礼者のためのミュージアムに行き、シスターに説明していただきました。修道院の歴史、ベルナデッタの生涯、マリアさまご出現のときの次第、遺物などについて詳しく説明していただきました。そして広い境内も私たちと一緒に回り説明してくださいました。修道院正面上の壁に刻まれた「神は愛なり」を、ベルナデッタはここに到着したとき見つめ修道生活を歩みはじめたこと・ベルナデッタがいつも祈りを捧げていた「水の聖母」・並木道に続く聖ヨセフ小聖堂の地下にベルナデッタが埋葬されていたことなどについてお話してくださいました。河田シスターに大変お世話になったお礼を申し上げ、シスターから"さようならは次の出合のはじまり"という歌詞で応えてくださりお別れしました。16:00に出発し、19:00にパリ市街ノートルダム大聖堂近くに着き、前の広場まで歩き夕日に映える大聖堂を15分ほど見物しました。そしてバスでセーヌ川に沿って走りルーブル美術館・コンコルド広場を経てシャンゼリゼ大通りを通り昨夜と同じく凱旋門を眺めホテルに帰りました。

30日(水)は日本へ帰る日です。ホテルで朝食後10:00バスでシャルル・ド・ゴール空港へ向かいました。30分ほどで空港に着きチェックインのあと12:00出発ゲート集合までの自由時間に最後の買物を楽しみ、成田国際空港行き13:30で出発しました。

10月1日(木)8:10に到着しチェックアウト後、まずは無事に帰れたこと、そしてみなさまや同行スタッフ、特にペテロ神父さまにお世話になったことに感謝してお別れし、それぞれ帰路につきました。
この巡礼で多くの聖人に接し奇跡に触れ、感じ、気づいた恵みを、これからも心の糧として深めていきたいと思っています。語り尽くせていませんが巡礼紀と致します。ペテロ神父さま、長江さま、共に旅したみなさま、そして、コムユニティワールドさま有難うございました。

                                                                       畠中周治


ヨーロッパ・カトリック聖地巡礼センター